#3 大神康輔×藤本颯太

淡路島ウォリアーズOB対談#3 大神康輔×藤本颯太

Release date 2025.6.13
淡路島ウォリアーズ
写真:(左)藤本颯太(右)大神康輔
NPBでのプレーを経験した藤本颯太とNPB打撃投手を目指す大神康輔。
淡路島で共に駆けた日々を今、語り合う。交わった時間、重なった夢。藤本颯太と大神康輔、ふたりが見つめる“その先”は…

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お久しぶりです!

大神:今は大阪の堺市にいます。NPBの打撃投手を目指しているので、その修行として、堺シュライクスでバッティングピッチャーを務めています。僕が堺シュライクスに所属していた時にお世話になったスポンサー様の会社で仕事もしています。また、大阪南海ボーイズの指導のお手伝いもしています。

藤本:僕は今シーズンは山梨市にいました。家からは富士山の頂上の本当に少しだけ見えるような場所です。去年、静岡にいたので、富士山が見える生活を送っていました。今は地元、兵庫県に戻ってきています。

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少し遅れて訪れた出会い

大神:今は、藤本が25歳、僕が29歳です。

藤本:本当に先輩後輩、という感じです。淡路島のチームは全員が仲がよかったので。

大神:もう友達って感じです(笑)

藤本:最初はこわい人だと思ったんです(笑)でも話していくうちに、喋りやすくて、仲良くなっていきました。初めて会ったのは、4月頃。僕は入団がみんなより遅かったんです。

大神:そうです、僕は2月に入団していたんですが、4月くらいにいいピッチャーが来る、という話になりました。そしたらなんと、スニーカーでグラウンドに来たんです!(笑)

藤本:違うんです!!僕は顔合わせの面談だと聞いて私服で行ったら、練習参加だよって言われて!

大神:スニーカーでピッチング練習をしていて!第一印象は、とにかく驚きました(笑)本当に野球やってる子なん!?ってなりました!

藤本:赤堀さん(前監督)からファーストミットをお借りして、キャッチボールをして、というのが初めて会った時だと思うんですが、まだ何もわからない状態だったので、大神さんのことは認識していなかったです。でもチームの雰囲気はとてもいいなと感じました。赤堀さんにも野球を教えてもらえて入団が決まりました。ワクワクした気持ちだったのを覚えています。

大神:僕は堺シュライクスでプレーをしていて、四国ILに一度チャレンジしたんですがその年は落ちてしまって、関西独立リーグトライアウトを受験しました。結果、淡路島球団に1巡目で指名してもらえました。そういえばその時、河田(淡路島1期生:河田岳晴選手)から、サインをくださいって言われたのを覚えています(笑)

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自然体でいられる関係
藤本:ちゃんと大神さんと初めて話したといえば・・・おそらくサインの確認とかだったのではないかなと思います。

大神:住んでいるところも別々の寮だったので、野球系の会話をしていた記憶があります。

藤本:実は、僕も大神さんが住んでいた第一寮に2日間だけ住んだんですが、第三寮にすぐに引っ越しました。吉野さん、河田さん、浦谷さんなどが一緒でした。

大神:僕は逆に第三寮から第一寮に引っ越しました。藤本とは2日間しか同じ寮で過ごしていません!(笑)

藤本:プライベートで覚えているのはチームメイトでバーベキューをして、そこで話したことです。

大神:あとは、長井翔太郎(現姫路イーグレッターズ)が入団してきて、歓迎会をしようということで、たこ焼きを買いに行ったんです。浦谷もいたかな。

藤本:それをなぜか駐車場で食べる、という!それが思い出です。なんか敢えてすごい思い出というよりも、毎日練習で会うし、ずっと一緒にいたなっていうのがむしろ思い出です。

大神:そう、いつもいる家族みたいな感じです。友達とかを通り超えて、自然にいる仲だなって感じていました。

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お互いの印象

藤本:大神さんは負けず嫌い。野球が大好きな人です。

大神:藤本は、何を考えてるかわからない宇宙人です(笑)でも、野球になったら、自分の世界がちゃんとあるのですごいなって思います。
 
藤本:へ~
 
大神:なんでへ~やねん(笑)野球のスイッチがどこかにあって、切り替えられる人というか。

藤本:大神さんは絡み方が不器用です!だって、最初は目つきが怖いんですよ!!

大神:わっはっは(笑)違うんです!僕、人見知りなんですよ。目つきもよくないって言われるので、最初に絡むのがどう絡むのかわからなくて。目で人を殺していると言われます(笑)自分からはあまり話しかけないタイプなんです。

藤本:年上やしこわいですよね!でもその分、徐々に上がってくるみたいな。あれ?いい人やん、みたいな(笑)1か月くらいかかりましたが!大神さんってプレー中に「大丈夫大丈夫」とか、すごく声を掛けてくれるんですよね。

大神:ピッチャーって一人なんでね。

藤本:とても心強かったですし、信頼していました。有難かったですよ。味方がいてくれる、って気持ちになりました。

大神:でも藤本は、声掛けても何を考えているかわからなかったです!(笑)本当に聞こえているの?って!今知りました、藤本の気持ち。聞こえていてよかったです。

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鮮烈のラストマッチ

大神:淡路島で野球をして、一番印象に残っているのが最終戦。ちょうど堺シュライクスの優勝がかかっていたんです。目の前では胴上げさせたくないっていう話になりました。僕は3本ヒットを打ちました!
 
藤本:投手陣は、赤堀監督が「今日は最終戦だから全員投げるぞ!」と言っていて、なんと、あみだくじで順番を決めました。たまたま僕は最終回でした。新沼さんのサヨナラヒットで勝ったので、勝利投手になりました!泉谷が先発で少し打たれたんですが、僕たちもとにかく打って打って。両チーム、10本以上ヒットが出ていました。赤堀監督は、全員投げさせたいという思いを持ってくださっている監督だったので、期待に応えたいと思いながらプレーしていました。
 
大神:投手リレーの話、野手は知らなかったです(笑)全員投げることは知っていましたが、順番の決め方は今知りました!淡路島でプレーして、最初は1年目だし、本当にチームはバラバラでした。どうなるんだろうという疑いもありました。でも、試合をやるにつれて、チームが一つになる感覚があって、これが野球なんだ、これがチームプレーなんだ、と初めて感じた感覚がありました。みんなとやれて嬉しかった。

藤本:僕も出会いが宝物です。初めての独立リーグで、みんなでシェアハウスもして、赤堀監督とも出会えたし、みんなとも出会えましたし。みんなのお陰でたくさんの思い出ができたなって。

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淡路島からそれぞれの未来へ

大神:2023年シーズンが終わった冬、沖縄で開催されたジャパンウィンターリーグに挑戦しました。その時に、兵庫ブレイバーズの山川監督と山上コーチに声を掛けてもらって、兵庫球団へ入団が決まりました。上の世界、NPBに行きたいという思いが強く、独立リーグでプレーしたいという気持ちがありました。 
 
藤本:赤堀監督の存在がとても大きかったです。ニュースでくふうハヤテベンチャーズ静岡のトライアウトが開催されるのを知って、受けることを決めました。監督候補に赤堀さんの名前が挙がっているのも知り、また赤堀さんの元でプレーがしたいという気持ちもありました。2日間のトライアウトを経て、マネージャーさんから合格ですとお電話をいただきました。赤堀さんにまた教えてもらえるということで、とても安心しました。 
 
大神:自分的には、上の世界に行けるのはラスト1年かなって思っていて、やったからには悔いが残らない1年にしたいと思っていました。2024年はがむしゃらにずっと野球をしていたという一年でした。現役は去年で引退。選手は無理だと感じましたが、NPBの仕事には就きたいと思っていました。たまたまバッティングピッチャーを務める機会がよくあり、班でじゃんけんに負けた人がバッティングピッチャーをするということになっていました。僕はじゃんけんがすごーく弱くて、毎回やっていたんです!たくさんの数を投げていたので、選手からは「めっちゃ打ちやすい」などと言ってもらえるようになりました。そこで、打撃投手という仕事もあるよと周りが教えてくれて、自分がプレイヤーとしてでなくても、裏方として選手の人生に関われるような仕事がしたいと思うようになりました。

藤本:僕のくふうハヤテ球団での2024年シーズンは、最初はよくなかったんですが、赤堀監督がたくさん使ってくれて、おかげで後半戦の方はよくなっていったなと感じます。たくさんのことも教わりました。こんなに野球をしたことないってくらい野球をしました!1月のトレーニングから始まり、10月のみやざきフェニックス・リーグまで。とっても充実した時間でした。成長もできたと感じます。高いレベルで戦ってみて、しっかり自分の球を投げることができたら通用する世界なのではないかなと思いました。

大神:藤本はえぐかったです!まずはスピード。球の強さや変化球もよかった。守っていて不安がなく、安心してプレーできていました。

藤本:僕としてはそんなことないなと思いつつ。他にもいい選手がたくさんいたので。初年度の淡路島ではスピードも抜けていたかと思いますが、ハヤテ時代は本当にいいピッチャーばかりで。負けないように頑張りました。

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道は違っても心は繋がる
藤本:お互い昨シーズンはLINEで連絡を取り合ったりはしていました。

大神:僕はくふうハヤテの試合を観に行きました。元チームメイトの折下選手の引退試合です。

藤本:僕は事前に大神さんが来ることを知らなくて、観客席から「ふじもん!ふじもん!」って聞こえるから、何!?って思ったら、大神さんがいて、びっくりしました!

大神:行けたら行くかも、としか言っていなかったので、驚いたんだと思います(笑)ちょっとサプライズという感じで。

藤本:終わってから球場の外で喋りました。

大神:赤堀さんも来てくれました。それぞれ違う舞台にいても会って話せることがうれしかったです。

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自分を信じて前へ
藤本:僕は淡路島がとても好きなんです。綺麗な海に囲まれていて、自然豊か。練習に行く時も、海沿いの道を通っていくと非現実的な空間、海の壮大さに癒されます。海の近くに住んでいたのもあって、いつもリフレッシュできていたなと感じています。そして野球をする環境が本当にいいんです。ホームグラウンド、淡路佐野運動公園野球場はとてもいい球場だし、NPB選手も自主トレに使うような立派で大きな室内練習場を利用させてもらえる。アルバイトをしながらの野球は大変でしたが、終わってからみんなで焼肉を食べに行ったりして、なんだかんだ楽しかったです。

大神:自然で息抜きしつつ、常に野球に集中できるところがよかったです。まわりの方々も応援してくれて、いい人が多かった印象です。アルバイトと野球、という生活から、淡路島では精神面を鍛えてもらいました。また、たくさんの出会いをもらいました。そういうのを大切にしていきたいです。淡路島のみなさんへの恩返しをしたいという思いを糧に、NPBの打撃投手になる夢を絶対叶えたいと思います。これからも諦めず、根気よく練習を続けていきます。

藤本:僕は、後輩に囲まれて野球をしているうちに、楽しそうに野球をしている後輩の姿を見るのがいいなと思いました。もっともっとそういう光景を見たいなと思いました。楽しく野球をするのが一番。指導者になってそういう選手をたくさん育てたいという思いが強くなりました。

大神:ふじもん、めっちゃめっちゃ成長してるやん!びっくり!(笑)でも楽しいが一番の原動力だからね。

藤本:はい。淡路島に戻って、お世話になったみなさんにお礼という意味を込めて、島を盛り上げていきたいなというのが一番の思いです。淡路島の魅力をもっともっと知ってもらいたいたいです。

大神:そう、好きなことに向かって全力でいけたらそれが一番いいよね。

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大神康輔(おおがこうすけ)
1996年5月23日生まれ。29歳。大分県出身。内野手。
杵築高校から首都大学野球連盟・城西大学へ進学。卒業後、関西独立リーグ・堺シュライクスへ入団。淡路島球団創設1年目の2023年シーズンに1期生としてプレー。
藤本颯太(ふじもとそうた)
2000年11月26日生まれ。24歳。兵庫県出身。投手。
芦屋学園高校時代は軟式野球部に所属。流通科学大学を経て、2023年淡路島球団1期生としてプレー。2024年にNPBに新規参入したくふうハヤテベンチャーズ静岡に入団。背番号は20。
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